福岡バラバラ殺人事件 殺されたOLと背後にちらつく謎の男


2010年3月5日の午後、福岡市西区能古島の海水浴場で女性の遺体が発見された。

その遺体は無全にも腹部から脚部の切断死体が発見された状態、正確にはへそ下から脚の付け根部分で切断されていた。

そして翌日、DNA鑑定の結果、遺体は福岡県在住の諸賀礼子さん(当時32歳)のものと判明。

さらに4月9日には福岡市中央区の福岡競艇場で両腕が入ったゴミ袋が見つかる。

発見時、袋の口は結ばれていたが、手首から先が見えた状態で海の上に浮いていていたという。

その後、4月14日博多港・須崎ふ頭近くの海中で諸賀礼子の胴体が発見。4月15日には博多湾で頭部が発見。頭蓋骨には数カ所ひびが入っていた。

以上の遺体部分は発見されるも、未だに諸賀礼子さんの両足だけは発見されていない。

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福岡バラバラ殺人事件<深夜にOLを連れ去った謎の男>

福岡市内で働くOLだった諸賀礼子さんは、事件発生のおよそ1か月前になる3月5日の夜からの行方がわからなくなっている。

同市内にあるアパート入口で、3日ごろから口論となっている男女の姿が目撃されていた。

捜査の過程で、6日の深夜2時ごろ、男性が諸賀礼子さんの肩を抱えるようにしてアパートの玄関から出て行き、一度アパートに戻ってから、諸賀礼子さんを連れて自動車で走り去っていたことが判明。

諸賀礼子さんがいたアパートの部屋に争った形跡はなかったが、窓ガラスが内側から割れていたという。

なお、諸賀礼子さんが6日に消息を絶ったあとも、インターネットの会員制サイトmixiにアクセスした形跡があった。

これは何者かが諸賀礼子に偽装という説が有力であると考えられている。

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福岡バラバラ殺人事件<交通事故でトラブルとなった男>

福岡バラバラ殺人事件が起きる前年の2009年1月、諸賀さんは福岡市で自動車を運転中に接触事故を起こし、衝突した相手の男性と過失の割合をめぐってト ラブルになっている。

この衝突しトラブルとなっている男性から携帯に電話がかかってくると、諸賀礼子さんは怯えていることを友人に伝えている。

この男性は、事件後に「交通事故後に諸賀さんに電話は掛けたが、諸賀さんの家は知らない」と証言している。

だが、諸賀礼子さんが2月に書いたインターネットmixi上での日記には、このトラブルの男性と思われる本人らしき人物が家の前をうろうろしていたと記されている。

内容は以下

《相手の方は任意保険に入ってないらしく、バイクの修理を全部私の方の保険で負担して欲しいと言う相手の方と私の保険会社とは当然話が折り合わず、しまいには私の家まで行くと言い出したそうなので、弁護士を立てました。(中略)今週の月曜に家の門前にチャリで本人らしき人がうろついてるのを見たから、月曜はいろんな人を巻き込んで帰りが遅くなってしまい、その後もかなり警戒して帰ってきてます》原文ママ

この原文に登場する男性は福岡市城南区に住む会社員(36)。

その後、福岡バラバラ殺人事件から4年後の、2014年2月初旬、福岡県警に逮捕されている。

逮捕容疑は、諸賀礼子さんとの間での交通事故の示談書を偽造し福岡簡裁に提出していた、有印私文書偽造・同行使。

しかし、あくまでこの逮捕は警察側からすれば、福岡バラバラ殺人事件を念頭に置いた逮捕であったものと思われる。

しかし、この会社員男性(36)も証拠不十分で逮捕にまでは至らなかった。

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福岡バラバラ殺人事件<諸賀礼子さんの所持品を持っていた男>

福岡バラバラ殺人事件後に諸賀礼子さんの腕時計を質屋で換金していた男が窃盗容疑で逮捕された。

諸賀礼子さんの所持品を持ち逮捕されたのは、福岡市内30代のアルバイト男性

しかしこの30代のアルバイト男性は腕時計を「拾った」と証言しており、諸賀礼子さんとの直接の接点は確認されていない。

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福岡バラバラ殺人事件<まとめ>

福岡バラバラ殺人事件発生後、その他に多くの男性が捜査線上に名前が挙がっている

諸賀礼子さんは殺害される前は、「アステム」という医薬品卸会社に勤務(殺害前に退職)。

諸賀礼子さんが担当していた30ほどの医療機関関係者なども捜査線上に浮かび、某病院の30代の内科病院長や40代の病院薬局長なども名前が挙がっていた。

しかし、未だ犯人逮捕には至っていない。

警察庁は本事件の有力な情報に300万円の懸賞金を掛けている。

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