海上自衛隊が初めて実弾を使った『東京湾・第十雄洋丸事件』


1974年に国内史上最悪と言われる海難事故が発生した。

海上自衛隊が初めて実弾を使った実例となったその大事故とは。

スポンサーリンク



東京湾・第十雄洋丸事件<概要>

東京湾で起きた大事故は1974年(昭和49年)11月9日に発生した。

LPGタンカーの第十雄洋丸とパシフィック・アレスという貨物船が衝突炎上した事故。

LPGを積んだタンカーは激しい炎につつまれながら東京湾をさまよった。

いつ大爆発が起きてもおかしくない状況で海上保安庁が当時最新鋭の消火船で消化活動を行ったが鎮火する事が出来ない。

最終的な判断は東京湾の外洋に曳航して沈没処分する事を決定。

しかし、海上保安庁には沈没させるその能力は無かった。

そこで政府は海上自衛隊に災害派遣としてタンカー沈没処分をする事を決定。

海上保安庁が自衛艦隊司令官に災害派遣を要請。

タンカーを撃沈するため海上自衛隊作戦は護衛艦、対潜哨戒機、潜水艦隊、戦争ともとれるような態勢で沈没させる作戦を結構。

奇しくも災害派遣とはいえ、海上自衛隊が実弾を使った事例はこれが初めてとなった。

戦場さながの海上自衛隊の尽力により、第十雄洋丸は沈没。

沈没させるために要した期間は20日。

国内史上最悪と言われた東京湾・第十雄洋丸事件は結末を迎えた

第十雄洋丸は今なお、東京湾外洋に静かに眠っている。

東京湾・第十雄洋丸事件<被害総額>

東京湾海上交通安全の昭和41〜49年の9年間の東京湾における海上交通事故調査というもの調査研究の記録が残っている。

その記録によると船と船との衝突は9年間で529件、損害額が156億円とされている。(レートは当時のもの)

そのうちの第十雄洋丸事件は2隻の損害額合計がなんと116 億円。

つまり、9年間の事故損害総額の74%は第十雄洋丸事件ということからみても大事故であったことがわかる。

東京湾・第十雄洋丸事件<死者・生存者>

■第十雄洋丸

死者5名
生存者34名(うち7名火傷)

■パシフィック・アレス
死者28名
生存者1名

2隻の合計を合わせると死者は33名であるが、死者の数からパシフィック・アレス側のほうが状況がひどかったことが想像できる。

スポンサーリンク



東京湾・第十雄洋丸事件<映像・動画>

事故当時の第十雄洋丸の映像は動画として、今でも確認することができる。


スポンサーリンク



東京湾・第十雄洋丸事件<まとめ>

東京湾・第十雄洋丸事件は災害レベルとしては大きな事件であるものの海上自衛隊の努力によって。

被害を最小限にとどめることができた事故であるともいえる。

概要は前述で簡略的に紹介したが、動画を確認してもわかるとおり、その中には自衛隊や海上保安庁の命がけの使命を果たしたらこそであると言える。

この東京湾・第十雄洋丸事件は後の東京湾の衝突事故の災害防止の事例になったのは言うまでもない。

コメントの入力は終了しました。