MI5のロバートは詐欺師。被害者サラ・スミスの悲惨な逃亡劇とは

1992年、まさに映画のような事件がイギリスで起こった。

シュプールシャー州のニューポートのハーパー・アダムズ農業大学に通う、大学4年生のサラ・スミスと親友のジョン・アトキンソン。

彼女たちはどこにでもいる普通の大学生であった。

ハーパー・アダムズ農業大学の近くには学生たちがよく集まるバー「The Swan」がありサラ・スミスたちもよくそのバーへ足を運んでいた。

「The Swan」でバーテンダーとして働いていたのが、ロバート・ヘンリー・フリーガード。

彼こそが今回の事件の重要人物だ。

気さくで話し上手なロバートの話術で、3人はいつしか親しくなっていた。

1993年、ハーパー・アダムズ農業大学の近くでIRA(北アイルランドの分離独立を目指すテロ組織)の爆弾が爆発した。

いわゆるテロリスト事件である。

そして、時同じくしてジョンの親友が自殺するという悲劇が起こってしまう。

そのジョンの自殺を他殺だと言った男がいた。

ロバート・ヘンリー・フリーガードだ。ロバートによるとジョンは自殺と見せかけて実はIRAのテロリストに殺されたのだという。

当時のイギリスでは、IRAによるテロや暗殺事件が多発していたので、信憑性に疑いはそれほどなかった。

しかしIRAによるテロ犯罪である事実をなぜロバートが知っていたのか。

ロバートは真の姿は英国諜報機関MI5のエージェント

ロバート・フリーガードは、バーテンダーは仮の姿で、彼はこの地域のIRA支部を調査するMI5(Military Intelligence Section 5、軍情報部第5課)であることを、サラと彼女の友人の真実を伝えたさらにこれからサラとサラの友人マリア・ヘンディ、ジョン・アトキンソンの3人がロバート・フリーガードのMI5での調査の中でわかっている事実に今後の人生を大きく狂わせられる。

それは『IRAテロリストの殺害予定者リストにサラ・スミス、マリア・ヘンディ、ジョン・アトキンソンの3人の名前がリストアップされている』この3人に危険が迫っていることをロバートは伝え、それから長き逃亡生活が始まることになった。

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IRAテロリストの殺害からの逃亡

身の危険を訴えるロバートの言葉を信じこうして、サラ・スミス、マリア・ヘンディ、ジョン・アトキンソンの3人は、逃亡者としての生活が始まる。

信頼するロバートの助言をもとに3人はシェフィールドに移った。

すべてを知るロバート・ヘンリー・フリーガードは3人にとって絶対的存在となっていた。

3人は出かけることを禁じられ、所持金はすべてロバート・ヘンリー・フリーガードが管理することとなった。

それから3人はシェフィールドのアパートで5ヶ月を身ごもることとなる。

サラ・スミスはテロの脅威に怯え、容姿を変え、偽名を使いながら日雇いのような仕事で働いた。

そしてマリア・ヘンディはロバートの恋人となり、二人の娘を産んだ。

3人は生きるために、家族や友人との関係を断ち、他言せず生活した。

すでにロバート・ヘンリー・フリーガードの命令に従う事がすでに当たり前となっていた。

サラ・スミスたちは生存の危機を感じながら、お金もない貧困な生活を強要されても彼を信じの中、公園やスラムで寝るなどの生活を繰り返し、逃亡を繰り返していた。

そんな生活がなんと10年も続いた。

MI5のロバート・ヘンリー・フリーガードは詐欺師だった

時は流れ10年の歳月が流れた頃、サラ・スミスは転機を迎えるハウスキーピングとして家庭の掃除をして働いていたサラ・スミスのもとにスコットヤード警察が現れ、サラ・スミスは衝撃の事実を知ることになる、

『ロバート・ヘンリー・フリーガードがMI5の代理人ではなく、ただの詐欺師だ。』

そう3人が信じたロバートは詐欺師であり、サラたちだけでなく、数多くの人々を騙していた。

なぜ10年もの間気がつかなかったのか。

それはロバート・ヘンリー・フリーガードの、そのマインドコントロールのテクニックが秀逸すぎたから。

心理学者ですら困惑するテクニックを感性として持ち合わせていたのだ。

詐欺被害者の中には弁護士などもいたほどだ。

サラ・スミスたちは、何も望まず無慈悲な心で身の危険を案ずるロバートに疑いがなかった。

サラ・スミスがそれに費やした代償は貴重な10年間と100万ポンドだ。

2002年ロバート・ヘンリー・フリーガードはスコットランドヤード警察とFBIに、さらに詐欺を繰り返しているところ、ヒースロー空港で逮捕された。

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ロバート・ヘンリー・フリーガード

1971年3月1日生まれ、ダービーシャー州のホドソープで生まれる。

バーテンダー、車の営業マン、など数々の職をしながらMI5のエージェントという肩書を利用し、数多くの人を騙した。

裁判では、5人の女性と関係を持ち2回の拉致、8回の欺瞞、10回の窃盗により、2005年6月に終身刑の有罪判決を受けるも、2007年4月に誘拐事件に関して控訴し、マリア・ヘンディとの間に2人の子供がいることから、勝訴となり終身刑は取り消された。

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