相模原障害者施設殺傷事件と植松聖の心理

2016年7月に日本史に残る大量殺傷事件が発生した。

メディアでは戦後最大級の殺人事件として。連日ニュースに取り上げられた。

しかも事件は抵抗することが困難な障害者施設で発生。

被害者たちは寝ているところを突然襲われ、命を奪われた。

なぜこのような殺傷事件が起きてしまったのか。

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相模原障害者施設殺傷事件<事件概要>

2016年7月26日未明、神奈川県相模原市にある障害者施設「津久井やまゆり園」でその事件は発生した。

障害者施設に侵入した男が次々と障害者を狙い19~70歳の入所者、死者19名、負傷者26名。

障害者施設がまだ混乱している頃、まもなく一人の男が警察署に出頭した。

植松聖(さとし)年齢は当時27歳。

なんと植松聖は数か月前まで事件の起きた「津久井やまゆり園」で働いていた元職員であったのだ。

その後、植松聖の供述により、戦後最大規模、そして猟奇的大量殺人事件の全貌が明らかになった。

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相模原障害者施設殺傷事件<植松聖の供述>

午前2時、入居者の寝静まる中、施設1階の「裏口」の窓ガラスをハンマーで割り、そこから施設内に侵入。

侵入後、施設を熟知していた植松聖が最初に行ったのが、当直の施設職員を結束バンドで拘束すること。

そして当直の施設職員から入所者の部屋鍵を強奪。

その後は入所者を次々と持参したナイフや包丁で刺していった。

犠牲者となった入所者の多くは首などのまた急所を狙われ骨まで達していた。

あきらかな殺意ある犯行。

植松聖が「津久井やまゆり園」内に侵入してから立ち去るまで、わずか数十分。

そんな短時間で40人以上を襲撃できたのは、施設の構造を熟知している元職員だからであったといえる。

犯行後は現場より車で逃走。

そして、そのまま逃走を続けるわけでなく、最寄りの神奈川県津久井警察署に出頭。

植松聖は殺人未遂および建造物侵入の容疑で緊急逮捕された。

さらに翌27日には殺人未遂の容疑を殺人に切り替えて、横浜地方検察庁に送検された。

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相模原障害者施設殺傷事件<植松聖とは>

このような援助が必要な生活が必要となる障害者を標的にするという冷血な凶行が行えた植松聖とは一体どんな人物で、どのような考えで事件を起こしたのか。

植松聖は相模原市で小学校の教員である父と漫画家の母の間に生まれた。

子供のころはいじめられている猫をかばうような優しい少年だったという。

そんな優しい幼少時代の植松聖が豹変したのは、大学在学中だったと周囲の人は言う。

植松聖は父と同じ小学校教師を目指し大学に通っていた。

しかし周囲の環境がよくなかったのか、いつからか交友を持つのは不良集団とばかりとなり、その頃から「強い人間」に憧れるようになった。

「強い人間」に憧れた植松聖は、人を威嚇するかのように髪を金髪に染め、社会に反抗するかのように全身に刺青を入れた。

しかしその憧れが原因で植松聖の夢は打ち砕かれることになってしまった。

全身に入れた刺青がきっかけで小学校教師になることができなくなったのだ。

夢を失った植松聖は大学卒業後は運送業などの職を転々とした。

そして戦後最大と言われた大量殺人事件の舞台となる障害者施設「津久井やまゆり園」に2012年12月から働き始めた。

入職当初は明るい好青年で評判も悪くはなかった。

それが働き続けるにつれ、あるときから豹変した。

「重度の障害者は生きていてもしかたがない。安楽死させたほうがいい。」と考えるようになった。

刺青が施設関係者に見つかり所内では隠すように指示されるも、あえて見せつけるかのような薄着になったり、障害者に対し落書きをしてみたりと素行が悪くなっていった。

言動や行動に再三施設関係者から指導がされたが、植松聖の「障害者はいなくなればいい」と主張を変えなかったため、2016年2月19日に施設側が警察に通報。

「他人を傷つけるおそれがある」ということで、緊急措置入院となった。

同日、彼は自己都合で施設を退職した。

入院してから約半月後の3月2日、医師が「他人に危害を加える恐れがなくなった」と診断され植松聖は退院した。

それから事件発生まで4か月。

事件までの4か月に何かがあったのかと考えたくなりそうだが、実は入退院をしても植松聖の考え方は全く変わっていなかったのだ。

実は措置入院となる5日前の2月14日、植松聖は今回の事件の手口や襲撃する施設名を記した手紙を衆議院議長公邸へ訪れ、職員に手渡している。

つまりこの時には、この大量殺人事件の構想は出来上がっていたことになる。

手紙の中には、以下のような内容も書かれていた。

衆議院議長大島理森様
この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。
私は障害者総勢470名を抹殺することができます。
常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。
理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。
障害者は人間としてではなく、動物として生活を過しております。車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。
私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。
重複障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。
フリーメイソンからなる●●●●が作られた●●●●●●●●を勉強させて頂きました。戦争で未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、多くの憎しみを生みますが、障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます。
今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。
世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。
私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。
衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類の為にお力添え頂けないでしょうか。何卒よろしくお願い致します。

植松聖の実態
私は大量殺人をしたいという狂気に満ちた発想で今回の作戦を、提案を上げる訳ではありません。全人類が心の隅に隠した想いを声に出し、実行する決意を持って行動しました。
今までの人生設計では、大学で取得した小学校教諭免許と現在勤務している障害者施設での経験を生かし、特別支援学校の教員を目指していました。それまでは運送業で働きながら●●●●●●が叔父である立派な先生の元で3年間修行させて頂きました。
9月車で事故に遭い目に後遺障害が残り、300万円程頂ける予定です。そのお金で●●●●の株を購入する予定でした。●●●●はフリーメイソンだと考え(●●●●にも記載)今後も更なる発展を信じております。
外見はとても大切なことに気づき、容姿に自信が無い為、美容整形を行います。進化の先にある大きい瞳、小さい顔、宇宙人が代表するイメージ
それらを実現しております。私はUFOを2回見たことがあります。未来人なのかも知れません。
本当は後2つお願いがございます。今回の話とは別件ですが、耳を傾けて頂ければ幸いです。何卒宜しくお願い致します。
医療大麻の導入
精神薬を服用する人は確実に頭がマイナス思考になり、人生に絶望しております。心を壊す毒に頼らずに、地球の奇跡が生んだ大麻の力は必要不可欠だと考えます。何卒宜しくお願い致します。私は信頼できる仲間とカジノの建設、過すことを目的として歩いています。
日本には既に多くの賭事が存在しています。パチンコは人生を蝕みます。街を歩けば違法な賭事も数多くあります。裏の事情が有り、脅されているのかも知れません。それらは皆様の熱意で決行することができます。恐い人達には国が新しいシノギの模索、提供することで協調できればと考えました。日本軍の設立。刺青を認め、簡単な筆記試験にする。
出過ぎた発言をしてしまし、本当に申し訳ありません。今回の革命で日本国が生まれ変わればと考えております。

作戦内容
職員の少ない夜勤に決行致します。
重複障害者が多く在籍している2つの園【津久井やまゆり、●●●●)を標的とします。
見守り職員は結束バンドで身動き、外部との連絡をとれなくします。職員は絶対に傷つけず、速やかに作戦を実行します。
2つの園260名を抹殺した後は自首します。

作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。
逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。心神喪失による無罪。
新しい名前(●●●●)、本籍、運転免許証等の生活に必要な書類、美容整形による一般社会への擬態。
金銭的支援5億円。
これらを確約して頂ければと考えております。

ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。
日本国と世界平和の為に何卒よろしくお願い致します。
想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております。

植松聖(うえまつ さとし)

「障害者が安楽死できる世界を望む」

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相模原障害者施設殺傷事件<植松聖の心理>

「障害者が安楽死できる世界を望む。」 障害者施設で働いていた植松聖はなぜ、そのような結論に至ったのか。

障害者施設でどのように感じてきたのかは植松聖自身の言葉から紐解ける。

「重度の障害者は死んだほうがいい、そのほうが世界は平和 になる。」
「障害者を殺すことで不幸を最小限に抑えることができる」

なぜそのような結論に至ったのかは不明であるが、それが植松聖にとっての「正しいこと」「望む世界」なのだ。

つまり大衆にとって理解不能な今回の相模原障害者施設殺傷事件は植松聖には「正しいこと」を行ったにすぎないということになる。

この植松聖の思想は多くの人にとっては不条理な「差別思想」ということになる。

つまり「正しいこと」にズレが生じている。

その最たるものが今回の相模原障害者施設殺傷事件そのもの。

「正しいこと」

社会では当たり前のようにこのズレが存在する。

皆人それぞれ個人レベルで「正しいこと」を持っているから。

今回の障害者を狙った大量殺人事件、思想や哲学的観点によっては植松聖の思想は完全否定できなものであるかもしれない。

今の日本では大きな声で言えずとも、賛同するものもいるのかもしれない。

植松聖の「正しいこと」は多数派の「正しいことに」に背いたので、その「正しいことに」とは無関係に裁かれる。

植松聖は手紙の中で大きな間違いを一つ犯している。

それは介護職員として働き見た自分の考え方を主張しているに過ぎず家族や本人の意思は取り入れられていない。

確かに実際に職場で働き感じた点については否定はできない。

しかし障害者の家族の中には「死の選択」という考えすらなかった人がいたのではないか?

どんな重度の障害であっても、介護に疲れ果てようとも「生きている」だけでよいと考える家族がいたのかもしれない。

「死の選択」を考えることは必要であるのかもしれないが、植松聖が考え実行することではない。

また今回の事件に一番感じることは、これだけの事件で関わらず、次のニュースが続々と報じられ風化する速度が昭和と比較してもくらべものにならないこと。

情報社会で昭和と比べても、情報量が圧倒的に違うので仕方がない部分もあり、そこに恩恵を受けているのも間違いない。

また、今回のこの相模原障害者施設殺傷事件は障害者が被害者となった事件ということもあり、被害者遺族はあまり公となることを嫌った。

しかし戦後最大と言われた、相模原障害者施設殺傷事件のみならず悲惨な死を遂げた事件が起こらないよう、事件は語り継がなければいけないのではないだろうか。

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