【日本航空123便墜落事故】遺書から伝わる壮絶な言葉

1985年8月12日に乗員乗客合わせて524名中、520名が死亡した国内史上最悪の航空事故と言われる【日本航空123便墜落事故】

悲しくも、日本航空123便墜落事故に乗り合わせてしまった搭乗者の悲痛な事故の遺書やメモが日本航空123便墜落事故発生後に発見されている。

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【日本航空123便墜落事故】遺書から伝わる壮絶な言葉

羽田空港を飛び立ち、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根、通称、御巣鷹山に墜落するまで、恐怖心を綴るメモや死への覚悟をした遺書などを被災者たちは言葉として残している。

それらの悲痛な叫び、想いとも言える遺書の言葉はどのようなものなのか。

■河口博次さん(52歳)の遺書

兵庫県芦屋市。大阪商船三井船舶神戸支店長。遺体の上着の胸ポケットに入っていた手帳に7ページにわたって、219字。

マリコ
津慶
知代子
どうか仲良く がんばって
ママをたすけて下さい
パパは本当に残念だ
きっと助かるまい
原因は分らない
今五分たった
もう飛行機には乗りたくない
どうか神様 たすけて下さい
きのうみんなと 食事をしたのは
最后とは
何か機内で 爆発したような形で
煙が出て 降下しだした
どこえどうなるのか
津慶しっかりた(の)んだぞ
ママ こんな事になるとは残念だ
さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今六時半だ
飛行機は まわりながら
急速に降下中だ
本当に今迄は 幸せな人生だった
と感謝している

出典:matome.naver.jp

■谷口正勝さん(40歳)の遺書

大阪府箕面市。チッソ株式会社ポリプロ繊維部主任。機内に用意されている紙袋にシャープペンで、20字。袋に自分の運転免許証が入っていた

まち子
子供よろしく
大阪みのお 谷口正勝
6 30

出典:matome.naver.jp

■松本圭市さん(29歳)の遺書

埼玉県狭山市。阪急電鉄社員。愛用の中型ノートにボールペンで、60字。

PM6・・・30
知子 哲也(両親を)をたのむ 圭市
突然 ドカンといってマスクがおりた
ドカンといて降下はじめる
しっかり生きろ
哲也 立派になれ

出典:matome.naver.jp

■村上良平さん(43歳)の遺書

千葉県柏市。富士電機サービス課。社名入り封筒に。

機体が大きく左右にゆれている
18・30 急に降下中
水平ヒコーしている
日本航空18・00大阪行事故
死ぬかもしれない 村上良平
みんな元気でくらして下さい。
さようなら 須美子 みき 恭子 賢太郎
18・45 機体は水平で安定して
酸素が少ない気分が悪るい
機内よりがんばろうの声がする
機体がどうなったかのかわからない
18・46 着陸が心配だ
スチュワーデスは冷せいだ

出典:matome.naver.jp

■吉村一男さん(43歳)の遺書

横浜市金沢区。日建設計社員。吉村さんの遺体は16日早朝、自宅に帰ったが、遺族が同日、遺品の整理をしていて、遺書が見つかった。社用の便せんらしい紙にボールペンで走り書きされており、勤務する会社の茶封筒の中に入っていた。

しっかり生きてくれ。(二人の子供を)よろしく頼む

出典:matome.naver.jp

■白井まり子さん(26歳)の遺書

大阪府豊中市。日本航空大阪支店。フライト時刻表の余白に、24字。

恐い
恐い
恐い
助けて
気もちが悪い
死にたくない
まり子

出典:matome.naver.jp

■対馬祐三子さん(29歳)の遺書

東京都目黒区。アシスタントパーサーの一人。不時着を想定して書いた緊急アナウンス用のメモ。ところどころ英文をまじえて、書いてあった。

おちついて下さい ベルトをはずし 身のまわりを用意して下さい 荷物は持たない 指示に従って下さい
PAX(乗客)への第一声 各DOORの使用可否 機外の火災CK(チェック) CREW(乗員)間CK
ベルトを外して ハイヒール 荷物は持たないで
前の人2列 ジャンプして
機体から離れて下さい ハイヒールを脱いで下さい 荷物を持たないで下さい
年寄りや体の不自由な人に手を貸
火災
姿勢を低くしてタオルで口と鼻を覆って下さい
前の人に続いてあっちへ移動して下さい

出典:matome.naver.jp

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【日本航空123便墜落事故】遺書から伝わる壮絶な言葉<まとめ>

揺れてうまく書くことができなかったのか、それとも恐怖からうまく書くことができなかったのか・・・。

遺書から伝わる言葉は緊迫した状況が伝わってくる。

死を覚悟して家族宛に書かれた遺書や機内の恐怖の状況がつづられたメモの数々。

これらの遺書の現物や写真は現在、羽田空港内の日本航空安全啓発センターに当時の事故を忘れまいと展示され当ている。

表向きはボーイング社の不適切な修理が原因とされているが、一部メディアやネット上では、米軍無人誘導機激突説、米軍の戦闘機説、自衛隊のミサイル誤射説、ウラン輸送説など【日本航空123便墜落事故】にはきな臭い話しが事故当時から現在まで語り継がれている。

すべては国家からの説明がない限り、憶測の域を超えない。

しかし、ハッキリ言える真実は、520名の命が墜落事故で奪われ、残された遺族は命がけで書き綴った遺書とともに今でも悲しみは癒されていないということだ。

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