和歌山毒カレー事件 信憑性にかける物的証拠の真実

1998年7月25日に日本中の夏祭りに警鐘を鳴らすような事件が発生した。

和歌山市のある夏祭り会場において、カレー鍋に有害性が高いヒ素が混入され、4人が死亡、63 人が負傷した無差別大量殺人事件。

オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件以降の毒物を使用した事件として当時センセーショナルに報道された。

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和歌山毒カレー事件<死刑が確定するまでの経緯>

ヒ素が混入されたカレー鍋の担当の一人だった主婦 林真須美が1998年10月4日逮捕され、1998年12月29日に殺人犯として和歌山検察庁により起訴された。

林真須美は容疑を全面否認したまま一審を迎えた。

3年7ヶ月及び95回の公判審理の後に、2002年12月11日に一審で真須美は殺人罪で死刑判決を受けた。

控訴審の大阪高裁も2005年6月28日、一審の死刑判決を支持して控訴棄却。

即日最高裁に上告も、2009年4月21日最高裁は林真須美の上告を棄却して死刑が確定。

この判決によって林真須美は戦後11人目の女性死刑囚となった。

これらの公判の間及び現在に至るまで真須美は一貫して無罪を主張。

犯行の動機もついに解明されることなく結審した。

そして多くの証拠が提出されたが一つを除いて全てが状況証拠であった。

唯一の物的証拠はヒ素の鑑定結果であった。

ところがこの唯一の物的証拠が後に信憑性がないものであることが近年になって分かったというのだ。

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信憑性にかける物的証拠の真実

裁判で林眞須美の犯行と決定づける亜ヒ酸の鑑定ににおいて判決を覆すような真実が後に分かったというのだ。

  • 犯行に使用されたとみられる事件現場付近で発見された紙コップに付着していたヒ素(亜ヒ酸)
  • 林宅の台所のプラスチック容器についていたヒ素(亜ヒ酸)
  • カレーに混入されたヒ素(亜ヒ酸)

これらの3つの鑑定内容が物的証拠として提出されたものが証拠にもならない内容であったことがわかったというのだ。

これらの物的証拠を鑑定したのは東京理科大学教授の中井泉氏

中井教授が依頼されたの は、ヒ素の成分が ”同一 ”かどうかを調べる、”異同識別”というものであった。

、 中井教授はヒ素の”起源”、 すなわち、同じ製造工場で作ら れたかどうかを調べる、”起源解析”をしただけであった。

裁判当時、中井泉氏による鑑定の結果、組成が同一とした。

実は中井泉が依頼された鑑定の内容というのは、上記3つのヒ素にどれだけの違いがあるのかを証明する鑑定ではなく、3つの資料を含む林宅周辺にあったヒ素のすべてが同じ製造工場で作られたものだったかどうかを調べる『起源解析』したことを鑑定で確認したに過ぎなかったというのだ。

しかもこの真実は中井泉も認めている。

当たり前だが、林眞須美が自宅にあったヒ素を紙コップを使いカレーに混入させたことを裏付けるには、上記3つのヒ素の『起源』が同じということを証明しただけでは証拠にはならない

物的証拠として証明するには上記3つがまったく同じヒ素を使用したとしていないければ物的証拠として成立しないのである。

この3つのヒ素は弁護側の依頼で再鑑定が行われている。

再鑑定を行ったのは京都大学大学院の河合潤教授

河合潤教授が行った再鑑定の結果は3つは”同一”ではないという評価だった

この時点で事件を大きく左右させる、唯一の物的証拠が崩れたのだ。

しかしこの事実が発覚したのが2009年の最高裁の死刑判決の確定から4年も経過した2013年であった。

もちろん、林真須美と弁護団はこの事実を受けが2013年より再審を請求してきたが、2017年3月 再審請求は和歌山地裁により却下された。

現在に至るまで弁護団は大阪高裁に再審請求を行なっており、また弁護団は最初に鑑定を行った中井泉に対し、損害賠償の訴訟を起こしている。

もし、林真須美が犯人でないのなら、そっと見守り続けている真犯人は誰なのか?

このまま真実がハッキリしないまま刑が執行されることになれば、冤罪の死刑執行の可能性も否定できない。

一度確定した刑であっても、新事実が判明したのであれば、再度、徹底的に真実を究明し、真実のもと裁くことが、司法に従事する者の役割ではないだろうか。

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