メルボルン事件の真相

日本人が海外旅行で事件に巻き込まれるという触書きで当時、旅行に行くときには注意をしなければいけない、という認識を世間に埋め込ませた事件。それがメルボルン事件だ。そんな事件の詳細とまことしやかにささやかれるメルボルン事件の真相を紹介

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メルボルン事件 概要

1992年6月17日に事件は起こった。

オーストラリアに入国をしようとした日本人観光客7名のうち4名のスーツケースから総計13キログラムのヘロインを発見。

スーツケースに問題がなかった2名を除く4名とツアーリーダーの日本人の計5名がオーストラリアメルボルン空港にて麻薬密輸現行犯として逮捕された。

5人は揃って犯行を否認、無罪を主張した。

と言うのもこの事件が起こる2日前の6月15日オーストラリアのメルボルンに入国する前にこのツアー参加者はクアラルンプールによっている。

この時、事件の発端となった4人のスーツケースを積んでいた車が何者かによって盗まれると言う事件があった。

彼らにとっては度重なるトラブルであったのがうかがえる。

翌日彼らのツアーガイドがスーツケースを発見。

しかしそのスーツケースはすべてズタズタに切り裂かれていた。

4人はこのツアーガイドから新しいスーツケースを用意されそれを使用しメルボルン空港に入国したのだ。

疑うべきはこのツアーガイドであるのは言うまでもないが、ツアーガイドに対して尋問はされていない。

それは逮捕時、すでに相当の嫌疑を4人がかけられていたからだ。
その状況の証拠を物語る理由として通訳人も用意をしていないこと。

コミュニケーションを図ることすら必要がなかったというのがうかがえる。

しかし事件からおよそ2年後、主犯格とされたツアーリーダーに25年、ヘロインの入ったスーツケースを持っていた4人に15年の判決が言い渡される。

その後、控訴審でツアーリーダーの刑が20年に減刑され、5人のうち4人は2002年11月、最後の1人も2006年5月に仮釈放後に強制送還で帰国。

この後人はいわれもない事件に巻き込まれ10年以上の時を刑務所で過ごした。

メルボルン事件 日本政府の対応

逮捕された5人に対しての救済措置を迫られた日本政府の見解は、
オーストラリアに対して「内政干渉になるので事態を見守るしかない」とし、
特に景観という立場をとる

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メルボルン事件 真相

ネット上でささやかれるメルボルン事件の真相は「実はこれは冤罪事件ではなくれっきとした麻薬密輸事件である」と言うものだ。

実は冤罪を訴えた日本人たちは暴力団関係者であり当初から麻薬密輸を目的とした旅行であったと言うのだ。

逮捕されたすべての日本人が暴力団関係者であるのかは不明だが、主犯格とされたリーダーは暴力団関係者だと言われている。

実は日本の捜査当局もすでにこの主犯格たちの動きをマークしており、マレーシアの麻薬組織と交流があることも把握していたと言うのだ。

日本当局は彼らが入国する前に事前にオーストラリア当局に通報し待ち伏せをしていたというもの。

もしそうなら日本政府が動かなかったのも納得だ。

この話を裏付けるかのようにマレーシアが犯人グループの一部の人間が事件後に逮捕され、この事件についても事情聴取された話しとしてマレーシア、日本、オーストラリアそして香港の麻薬組織が関与していたと供述している。

そして問題のスーツケースを渡したツアーガイドも別の事件で収監されていることが判明し、日本の弁護団が面会をしている。

その際に「あれは自分が仕組んだことであり、彼らは事件とは無関係だ。」と供述。

しかし、オーストラリア政府はその証明を認めなかったと言う。

これについても日本当局オーストラリア当局はすでに事実を把握していたのであれば証言を認めなかったのかも合点が行く。

事件からすでに25年以上もの月日が流れているがたびたびこの事件は取り上げられている。

この事件の真相は誰かが知っている。

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